PROLOGUE 序章

どん底の「一番」

1977年。神室町。雪が深々と降る大晦日。除夜の鐘が鳴り終わる頃、さびれたソープランドに赤ん坊の泣き声が響きわたる。ローションの香りが残るマットの上で産声をあげた男の子……彼の名は「一番」。春日一番。どん底の街で生まれた子にとって、随分と皮肉な名前だった。風俗で働いていた母親は、赤ん坊に一番と名付けて間もなく消息不明。父親が誰かは知るすべもない。産まれた直後に天涯孤独の身になった一番は、神室町の住人に支えられて育っていく。肝臓の悪いスナックのママ。ぼったくりバーのキャッチ。数え切れない前科持ちのホームレス……世間からクズと呼ばれる人間たちが一番にとっては育ての親であり、良き友人だった。

どん底の「一番」

憧れとの出会い

学校にもロクに行かない一番は、中学を卒業した後も定職につかず、その日暮らしを続けていた。酒と女と博打。若くして享楽にふける生き様はとっくに人に自慢できるものではなかった。金が尽きると、街で粋がる連中にケンカを吹っかけては、金を巻き上げる日々。だがある日、一番の浅はかな行動が、禁断の一線を踏み越えてしまう。いつものように喧嘩で病院送りにした相手は、街でも評判の悪いヤクザの下っ端だったのだ。「返し」とよばれる報復行為にでるヤクザたち。一番は罠にハメられ捕まってしまう。想像を絶する拷問を受け、遠のいていく意識。このままでは殺される…… 死の恐怖に怯えた一番は、“ある男”の名を口走る。「俺に手ぇ出すと…… あの“荒川”が黙ってねえぞ」荒川真澄。東城会系荒川組組長。「殺しの荒川」として鳴らす気鋭の武闘派ヤクザ。本職の連中も恐れる“伝説の男”の名前をチラつかせれば、何とかこの場から逃げられるかもしれない。……だがその稚拙な思い付きが、さらなる不幸を招くのだった。「何ぃ? 荒川んトコのもんか。なら、なおのこと放っておけねぇなぁ」そのヤクザたちは、荒川組とシマ争いをしている組織の人間だったのだ。一番を荒川組の人間だと思いこんだヤクザたちは、荒川を事務所に呼びつけた。身体中を縄で縛られ、首に短刀を突きつけられた一番は、ひたすら悔いていた。会ったことすら無い荒川なんて男が、見ず知らずの自分を助けに来るはずなどないのだから……と、その時、事務所に一人の男が入ってくる。「待たせたなぁ。ガキ相手に本気になるクソヤクザども」黒いロングコートに黒いハット。マフィア映画に登場するような出で立ち。「世話んなったっていう、ウチのガキはどこだ?」その男こそ、荒川組組長・荒川真澄、その人だった。荒川は捕えられた一番を横目に見る。そして鼻で笑うと、戸惑う一番を尻目にヤクザたちを睨みつける。「で、どうしたいって?」「荒川さんよ。お前ぇんトコのこいつが、ウチの若い衆を半殺しにしてくれた。……このケジメ、つけてもらいてえんだ」もう終わった。そう一番は思っていた。このヤクザたちに殺されるのか?それとも勝手に名前を騙られた荒川がキレて、自分を殺すのか?すると直後、荒川が思いもよらぬことを言いだす。「そうか。じゃあ指一本でどうだ。それでウチの若いの返してもらうぜ。文句ねぇだろ?」ドスを取り出すと、ドン!と自身の指を詰める荒川。凍りついたように固まるヤクザたちを余所に、一番に近づくと縛っている縄をドスで切り解いた。「帰るぞ。クソガキ」

憧れとの出会い

最初の父親

荒川に連れられヤクザの事務所から出ていく一番。何が起こったのかワケも分からないまま、荒川の後をついていく。ハンカチで雑に指の手当てをする荒川に、一番は言うべき言葉が見つからないでいた。すると荒川が突然立ち止まり、一番に話しかけた。「ったく、……テメェ、どこのガキだ?」「え、そ、それは……」「まぁいい。とにかくもうヤクザなんか相手にすんじゃねぇぞ。ロクな人生歩めねえんだからな」「あ、でも…その……、」「父ちゃんと母ちゃんが泣くだけだ! 分かったな、このクソガキが!!!」そう声を荒げると、その場を立ち去ろうとする荒川。「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」「何だ?」「い、いや、その……」「はっきり言え!」「た、助けてもらって…、ありがとうござい……」礼の言葉を遮るように、荒川の鉄拳が飛んでくる。直後、宙に浮き、仰向けで卒倒する一番。「礼なんていらねえ。お前のために指落としたんじゃねえんだぞ……」驚く一番の顔を見てフッと笑う荒川。ゆっくりと語りはじめる。「ヤクザってのはよ、顔と看板で商売してんだ。……で、それは何より大事なもんなんだ。あの場でお前を返してくれなんて頭下げちまったらどうなる? 荒川組の看板が下がっちまう」「……」「ヤクザは一度でも弱いトコみせたら終いだ。あの場でケジメつけるにゃ、ああする他なかった」そして立ち去ろうとする荒川に、今一度、一番が問いかける。「でも、それだったら、俺のコトなんか知らないって言って放っておきゃよかったのに…… どうして……」「さあなぁ…… 俺を知ってくれてたガキの前で、カッコつけたかっただけだ」優しく微笑むと去っていく荒川。その背中を見て、一番は決意するのだった。「一生この人についていこう」……と。そして翌日から毎日、一番は荒川組事務所の前に立ち続けた。雨の日も、炎天下の中も。「ヤクザなんかになるんじゃねぇ。帰れ!」会うたびにそう言っていた荒川の許しを得て「親子盃」を交わしたのは、それから100日後のことだった……

最初の父親

20世紀最後の日に

2000年12月31日。人々でごった返す神室町。その喧騒とは真逆に静まり返る荒川組事務所。室内には、組長の荒川と一番の二人だけが居た。重い空気の中、荒川が口を開いた。「……今、若頭がしょっ引かれるわけにはいかねえんだ」 数日前、荒川組の若頭は殺害事件を起こしていた。都合の悪いことに殺した相手は、同じ東城会系の組員。しかも荒川との兄弟筋にあたる組の人間だった。同門の兄弟喧嘩…… このままでは荒川組が責任をとって解散するのは目に見えていた。「勤めに行ってもらえねぇか…… なぁ。一番……」荒川は一番にヤクザを引退し、カタギとなって殺人の罪を被るよう願い出た。組と関わりない人間が殺ったことにすれば、組は解散の憂き目を免れるからだ。一番もそれは理解していた。そして目に涙をためて一番が答えた。「俺ぁずっとこんな日を待ってました。親っさんに何か恩返しできる日を」「一番……」「10年や20年そこらのムショ暮らし…… 喜んでやらせてもらいます!」翌日、2001年1月1日正午すぎ。誕生日を迎えた春日一番は、祝いの席ではなく警察に出頭する。20世紀という、時代の大きな区切りを迎える日だった。

20世紀最後の日に

失われた故郷

そして、2018年。17年の長期に渡る勤めを果たした一番は、ようやく表の世界へと出た。組の盛大な迎えを期待していたものの、刑務所の門を出た一番を出迎える者は誰一人いなかった。だがそんなことは気にも留めず、一番は心躍らせて神室町へと向かった。万感の思いを胸に故郷「神室町」に帰る一番。だが待っていたのは、変わり果てた街の姿だった。公権力によって駆逐された東城会に代わり、街を牛耳るのは「近江連合」のヤクザたち……憶えていた景色、憶えていた店や街の住人たち。だが活気もなく澱んだ空気に満ちた現実のそれらは、記憶の中のものとは全く変わっていた。もう帰る場所などない。絶望する一番の目の前に、見知らぬ一人の刑事が現れる。「春日一番だな。……お前に頼みたいことがある」「うるせえ…… デカなんかに用はねえよ……」「誰がこんな街にしたのか、考えてるんだろう?」無言のままの一番。だが刑事が放った信じられない言葉に反応する。「お前の親父だよ。荒川組組長、荒川真澄。ヤツが神室町をぶっ壊した張本人だ」衝撃の事実と共に、春日一番という男の運命が動き出す……

失われた故郷

生まれてきて何ひとつ成せなかった、ドン底の男に託された運命とは?絶望の中で覚悟を決めた男は人生最後の戦いに挑む。成り上がれ。 ……そして未来を変えろ。

龍が如くシリーズ本編最新作、ついに始動!